坂本龍一氏から学ぶ人生観

坂本龍一さんインタビューから学ぶ人生論

今日は、先日11月23日に放送された読売テレビ「かんさい情報ネットten」特別コーナー「恩人」を取り上げます。

 

この日は、1970~80年代に一世を風靡したYMOのメンバー坂本龍一氏のインタビュー、わたし的にとてもためになったので、記事にしたいと思います。

 

さて、その坂本さんが所属ていたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)は、坂本さんと細野晴臣さんと高橋幸宏さんによって構成され、「テクノポリス」「ライディーン」「君に胸キュン」などの代表作があります。

 

私は当時中~高校生でいろんな音楽に興味を持っていました。今までの日本の音楽にはないような電子的で軽快な明るいリズムの繰り返しのテクノ音楽というものに出会い、ただただ衝撃を受けたものです。

 

その後、ブームは去り、5年後のグループの解散(散開)があったりします。

 

坂本さんが32歳の時に、映画「戦場のメリークリスマス」が上映されました。

私は、坂本さんや、デヴィッド・ボウイ、北野武(ビートたけし)さんなどのキャストに惹かれ劇場に足を運びました。

 

印象的なラストシーンは今も記憶に残ります。

 

坂本さんの人生の恩人とは

坂本さんが「人生の岐路で手をさしのべてくれた『恩人』を選んだのが、その映画を作り上げた大島渚監督です。この選択は、戦メリを知っている人なら誰しもが納得することでしょう。私もすんなりと理解ができました。

 

ガンを患って 

坂本さんは、3年前に中咽頭がんを患ったそうです。ガンとの出会いもまた自身の人生観を変えたとおっしゃいます。

40年間世界的に活動してきて、闘病生活という休息の時間が必要だったのでしょう。音楽を職業にされる方は、活動の状況自体が街角で流れたりメディアに出たりするので一般の私たちにもわかりやすいものです。

 

話はそれますが、谷村新司さんも帯状疱疹による5年間の活動休止の間に、音楽の原点に戻りたいと強く感じ、闘病生活後中国の学生さんたちと活動を始められたそうです。

 

坂本さんが見たものは

映画「CODA」を完成された今、ひとつの山の頂上にいる感覚があるそうです。

 

そして、次の山の頂がすでに見えていて、そこに辿り着くにはどのような道を選んでいけば良いのか・・・

 

今それを考えていることが、とてもワクワクするということです。

 

印象

 この番組を見ていて何度も感じたことがあります。

 

それは、坂本さんという方は世界で活躍されているビッグスターにもかかわらず、とても謙虚な姿勢でいらっしゃることです。

 

「私もこの方のように、思いやりのある歳の取り方をしていきたい」と思いました。

 

坂本さんからのメッセージ

この日のメッセージは、

 

才能とは「しつこい」こと。